団子の舞台裏 The backstage of "DANCE"

ニコ動にUPしているMMD動画の編集後記のようなもの置場です(小狐丸モデル:monoさま)

小狐丸と私(ときどき御大師様)②

こんにちは。月美です。

前回に引き続き、小狐丸に繋がるご縁をお話していきたいと思います。

今回は話の流れ的には「布石」となる部分しか出てきませんので戸惑われるかもしれませんが、お付き合い頂けると嬉しいです。

 

 

私が初めて高野山の土を踏んでからしばらく経った2016年のこと。

夫の友人達が集まる席に参加する為、私は夫と共に東京に赴きました。

9月の末から10月を跨いでの事だったと記憶しています。

そのころの私はまだ刀剣乱舞の存在は知らず、某バスケ漫画にハマっていました。

特定の作品の沼にハマったのは学生の時以来で、実に数十年ぶりのオタ活再開。

せっかく東京に来たのだからと、関連ショップや、地元では圧倒的に数が少ない同人誌の販売店なども覗いてみたくて池袋にも足を運びました。

立ち寄ったサンシャイン60では声優さんらしき方々が登場してのイベントが開催されており、外に出たところには何やらアニメ作品のラッピングが施された大型トレーラーが停まっていたりして、「ふおー、東京ってやっぱりすごい…」とおのぼりさん丸出しで眺めていました。

そして翌日には京都へ移動。

えっ、何故東京から京都へって?

実は私、生まれてこのかた新幹線って乗ったことがなかったんです。飛行機の移動ばかりでご縁がなくて。(なんならディ〇ニーランドもU〇Jも行った事ない)

ですので新幹線で京都まで行ってみたい、と夫にリクエストしたのでした。

それと…

この京都の旅は私の聖地巡礼も兼ねておりまして。

先程お話させていただいた某バスケ漫画

そこに登場する推しが通っている高校のモデルとなった学校が京都にあるのです。

それに加え、ちょうどその頃に書き上げた二次小説で主人公が写経をするシーンがあり、般若心経のことを色々調べていたのもあって「やっぱりまた京都も行きたいなー」となっていました。(←京都好き)

それで東京まで行った勢いを借りて(?)京都まで強攻したという…(;'∀') 

その時は学校の警備員さんに了承を得て校門の脇で写真を撮らせて頂いたりしてホクホクで帰って来ました。(注:勿論校舎の中や生徒さんが写らないように配慮しました)

 

それから更に2年ほど経ち、ようやく私は刀剣乱舞という作品に出逢いました。

勢い余って仙台で開催された前回の「宴奏会」にも参加しました。(当時は長谷部推しだった)

…正直に申しますと、何がきっかけで小狐丸にハマるようになったのか覚えていないのです。恐らくシブで色々な方の作品を拝見しているうちに目に留まり、気になるようになったのだと思います。

 

そうして私が小狐丸一筋になって間もなく、忘れていた高野山での記憶が呼び起こされる出来事がありました。

そうあの、仏の街で唯一存在した神様…赤い幟が印象的だった稲荷神社との出逢いでした。

 

続く

 

 

 

小狐丸と私(ときどき御大師様)①

こんにちは。月美です。

暑さが本格的になって参りました。皆さま如何お過ごしでしょうか。

今回は動画に関するお話ではないのですが、小狐丸と私のご縁について書いてみたいと思います。少し長くなりますが、よろしければお付き合いください。

 

皆さんには「偶然といえば偶然だけど、改めて考えるとやっぱり不思議」と感じるような体験はありますか?

私自身そうしょっちゅう起こるものではありませんが、「不思議だよなぁ」と思うような出来事がいくつかあります。

小狐丸(或いはお稲荷様)とのご縁もそんな出来事のうちのひとつです。

 

もう随分と前、恐らく15年近くも前のこと。

母と二人、ツアー旅行にて高野山を訪れました。

父を亡くして数年経ち、母も精神的に外に出られるまでに回復した頃でした。

私にとっては人生初の高野山で、高野山という街(山)の歴史や真言宗弘法大師空海(以下、御大師様と書かせて頂きます)のこともその時はほとんど知りませんでした。

ただ高野山という街の概念や構造がとても新鮮で、また奥之院は一歩足を踏み入れただけで空気が違っていたのは今でも覚えています。

外界の雑音が一切しない、そんな感じです。

名だたる歴史上の人物たちの墓前に立ち、身が引き締まるような感覚を覚えると共にそれらを丸ごと包み込むような静謐な空気にどこか安らぎも感じていました。

懐かしさとでもいいましょうか。

神仏に対する想いは割と深い方ですが、私自身は霊的なものを見たり聞いたりは一切しません。せいぜい心地良いか不快かを感じる程度です。

ですがその時はふっと、自分の傍に誰かが立っている気がしました。人の体温のようにじんわりとした温かさを感じたのです。

自分の右斜め後ろ。しかも何故か私はそれが高齢の男性だと認識しました。

決して近しくはないけれど、赤の他人とは思えないような近しさも覚える不思議な感じでした。

私は『目に見えないもの』は在ると思っている質です。「もしかすると御大師様かな」などと一瞬思いましたが、すぐに畏れ多い事とその考えを打ち消しました。

奥之院の最奥の御廟をお詣りする前にお寺の僧侶様から「この世の全ての人が救われるまでここに在り続ける」と仰られた御大師様のお言葉を聞きました。

そのせいでしょうか。

お詣りを終えてこれからバスに戻るとなった時、私はふと御大師様に訊ねてみたくなりました。

そのころ私はちょっとした悩み事を抱えていました。自分なりにある程度の答えは出していましたが、今一つ自信を持てませんでした。

地方の人間ですので遠く離れた高野山へはそうそう足は伸ばせません。御大師様に直接問い掛ける事が出来るチャンスを無駄にしてはいけないと思いました。

「私はどう在ればいいのでしょうか。私の目は見当違いの方向へ向いてしまってはいませんか」

胸の内を曝け出す気恥ずかしさと共に、そう心の中で呟きました。

訊ねてもせんない事とは思っていました。

そもそも御大師様が何某かの言葉を授けて下さっていたとしても、それを受け取れるだけの力が自分にあるとも思えませんでした。

 

『そのまま真っ直ぐいきなさい』

 

聞こえた、という感覚はありませんでした。音としては何一つ拾ってはいません。

ただそのひと言がはっきりと頭に浮かびました。

そしてその言葉は今でも、ふと足が止まってしまった時の私の背中を押し続けてくれています。

『いきなさい』は「行きなさい」であり、「生きなさい」でもあり、或いは「逝きなさい」にもなる ── 近頃はそんな風に解釈したりもしています。

 

帰り際のバスの窓から真っ赤な幟が立ち並んでいる場所を目にしました。

「清高稲荷大明神」。

(へぇ…仏様の街にも神様がいらっしゃるんだな…)

まさかその光景が何年か経った後に突然フラッシュバックすることになるとは、その時は夢にも思っていませんでした。

 

続く

 

 

お久しぶりです

こんにちは。月美団子です。

想いはあれどなかなか更新に到らず、すっかりご無沙汰しておりました。

面目次第もございませぬ(こぎちゃん口調で言ってみる)

こちらはほったらかしにしつつも動画のほうは下手の横好きで更新を続けております。これも日頃から見に来て下さる方がいるお陰です。ありがとうございます。

 

4月には「ルーキーズフェスタ」というMMDを始めて3年以内の人が対象のイベントにも参加させて頂きました。

なんと参加作品は生放送で一つずつ(しかもノーカット版で!)紹介して頂けるというありがたい企画です。(ソースヤキソバさま、その節はありがとうございました&お疲れ様でした)
これまで一度もそういったイベントや〇〇杯などといった催し物には参加した事がなかったので恐る恐るでしたが、自称『俺得MMDer』である私にとっては外の世界を知るまたとない機会と思いチャレンジ。これもまた修行である。ウム。

結果、「参加してよかった!」と声を大にして言えるほど多くのものを頂きました。

主催者であるソースヤキソバさまの評がすごく的確で、加えて生放送での視聴者さんのお言葉が自分の強みというか「ここを活かしていこう」と思える点に気付かせて下さったことが自信にも繋がりました。(←自己評価が低い人間)

これも全ての参加作品に惜しみない賞賛を下さったソースヤキソバ様と、皆さまのMMDへの愛が為せる技です。アリガタヤ…(>人<)

 

物創りって限りなく自分の世界を追求していく行為だと私は思っているのですが、じゃあ自分がいればその他の存在は必要ないのかといえば決してそうではなくて…。

むしろ外からの声だったり反応だったりといった諸々の刺激がないと「世界」は次第に歪んでいき、やがては正常に機能しなくなる可能性もあると思っているんです。(表現が少し大袈裟ですが…)

数字や評価に囚われ過ぎないようにしようと思う反面、反応がないというのもやっぱり辛い。逆に評価されれば素直に嬉しいですし、モチベーションも上がります。

ちょうど船のエンジンと舵みたいなものかなぁ。

舵を取るのは自分だけど、エンジンは燃料が切れたら止まってしまう。
出航して暫くは「熱意」とか「意欲」とか「好奇心」を燃やしながら進めるけど、途中で補給しないと燃料は減ってゆく…。その補給燃料となるのが見て下さる皆さまのお声とか応援なんです。

自分と見て下さる方々、双方あるとより創作活動にも奥行きが生まれるかなぁ。(あくまでも私の場合は、です。誰に見せずともひたすらストイックに作品を作り続けることもまたひとつの道だと思うし、素晴らしいと思います)

 

そういった事も含め、今回は「創る」ということを俯瞰出来た機会でもありました。

貴重な体験をさせて頂きました。コメントや応援を下さった方、ありがとうございました。

 

さて今作の「螺鈿の骨」ですが、いかがだったでしょうか。

先月UPした「常世」に続き仄暗い描写が多い作品です。

常世」は今の世情を顕しているようであり、「螺鈿の骨」は時代が変わっても変わらない人の情といいますか、内側にあるものを顕しているようでうp主にとってはとても魅力的でした。

小狐丸をモデルにしているので「小狐丸と誰かの物語」といったふうにも見えますが、ひょっとするとあれは小狐丸が別の誰かに「化けて」いたところなのかもしれませんし、はたまた狐が見せた「一夜の夢」なのかもしれません。

観る方それぞれの解釈で楽しんで頂ければ嬉しいです。(妄想膨らむような小物も散りばめましたし…←小物好き)

モーション配布動画(山田淀子様)の演出効果もあり、初めは怖さやホラー的な面に目が向いていたのですが、歌詞を確認してみるとこれは哀しい歌だなぁと。

まるで般若の面のように、心の中で泣き叫びながら壊れていく者の姿が浮かびました。(それで最後はあんな描写に💦怖がらせてしまっていたら申し訳ないデス💦)

誰かを慕う想いは尊いけれど、同時に業を生むこともある。

情が深いゆえに執着する。嘆く。苦しむ。遥か昔から様々な物語で描かれる人間の一面でもあります。

般若の面ってすごいよなぁと常々思っていたんですよ。

人間の弱さでもあり強さでもある部分をああいった形で顕した古の人々の感性込みで本当に凄い。(そしてそれが「女性」であることも興味深い)

 

そんなこんなのうp主の想いが詰まった「螺鈿の骨」。

今回は小物にちょっと手を加えてます。

曲中での「わたし」が遊女とか囚われている誰かを思わせたので「遊郭」とか「座敷牢」をコンセプトにし、奥の空間にそれらを連想させるものを配置。

布団(Gスカ様配布)は遊郭風に赤くし、掛布団の柄もそれっぽいものにテクスチャを変えました。(めくれているので作中ではほとんど見えませんが(;'∀'))

箱枕はモデル自体が存在しなかったので形を変えられるキューブ(しまづどんき様配布)と筒状のクッション(山田淀子様配布)を組み合わせてそれっぽくしてみました。

遊女といえばお箏かお三味といった印象でしたが、曲中の音はもっと低く響くように聞こえたので琵琶をチョイス。(あるいは十七弦箏かもしれませんが…)
「籠の中の鳥」という言葉からステージを赤い格子で囲み、白狐の面も籠の中に閉じ込めました。

曲の序盤で出て来る花は「シュウメイギク」、本編では「ヒガンバナ」です。

シュウメイギク」の花言葉は「薄れゆく愛情」「褪せてゆく愛」「淡い思い」「忍耐」など

ヒガンバナ」の花言葉には「悲しき思い出」「あきらめ」などがあるそうです。(いつものほん様の配布頁より)

初めは序盤のシーンはなかったのですが、ストーリー性と後半の状況の悲哀感をより強めたかったので、急遽加えてみました。(いつも最後は思いつき)

鳥の声の演出が個人的には気に入っています。(鳥の声好き)

次は何を作ろうかなぁ。しばらく和のテイストが続いたので今度は洋装にしようか…黒さんピンのものもまだまだ作りたいし…ブツブツ…
煩悩の尽きないうp主ですが、よろしければまたお付き合いくださいませ。

 

それではまた。次の動画でお逢いしましょう。

最後までお読みいただきありがとうございました!